2021年7月25日日曜日

浮橋で久しぶりに晩飯

2021年7月6日、娘が久しぶりに帰阪、帰京する日に久しぶりに「グランビアホテル京都」の浮橋に行ってきた。
早めに予約しといたから余裕。 



京都は7月に入って祇園祭の期間になった、京都界隈は祇園祭一色、お囃子が其処彼処で流れてる。

今回はすき焼き御膳を注文、娘もおっさんも1人暮らしやから、すき焼きはまずせーへん。
よって、必然的に外で食べる事になる、浮橋なら新幹線乗場もホテル出て同じ構内やからゆっくり出来るから選んだ。 

浮橋は各テーブル間がコロナ禍以前より広めにセッティングしてあり、このコロナ禍で感染対策としてパーテーションが追加されてるので、安心して食事が出来る。



雲丹の素麺・胡麻豆腐・無花果

国産黒毛和牛




先付けから始まってデザートまで。



玉乃光・純米大吟醸

伏見 北川本家・ふり袖 上撰

伏見 招徳酒造・特別純米 花洛
辛口原酒

先ずはビール。
今回、浮橋では1,000円で指定のお酒が90分飲み放題と言う大盤振舞いや、当然おっさんは注文。




最後、飲み放題メニューには無い、シーバスリーガル12年をロックで注文。

2021年6月27日日曜日

デジカメとパソコンの事

パソコンを初めて購入した1997年から外部メディアは、ZIPやJAZもあった、MO・CD-R・DVD-R・BL-R等色々出たなぁ、おっさんはZIPを真っ先に手に入れた、当時価格の安い大容量メディア(それでも100MB)はZIP一択、しかし当時のデジカメの画素数もしれてたから充分やった。
MOはドライブが高価やったから、おっさんの小遣いでは買い難い状態で、未だパソコンの支払いも残ってたし。 






話は遡るけど、初パソコンは、富士通 FMV-SII 165 DESKPOWER ・word95モデル・15インチブラウン管ディスプレイで、当時デジカメ(35万画素)とプリンターを含めて30万円近かったから家族ローンで支払ってた。 
良う買うたと思う。

Windows95日本語版の発売が1995年11月やから、おっさんが買うた当時周りでパソコン持ってる人は少なかった、パソコンは、OSやソフト、インストール等よく分からん言葉もあり、何でも出来そうやけど、何に使うたらええかも分からんから積極的に買おうと思う物で無かった、おっさんも含めて。 

でも、買うて直ぐにデジカメの写真データ保管場所だけに使ってるんは勿体無いと思い、阪神淡路大震災の時に初めて知ったインターネットをやろうと雑誌を調べてプロバイダと契約し、モデムを使うてインターネットに繋いだけど、電話代が極端に上がって怒られた記憶がある。(未だ定額繋ぎ放題ではなかった) 

おっさん、当時パソコンのパの字も知らんかったから、雑誌や本を買うて独学で触ったりした、周りにパソコンを持ってる友達や知り合いもおらんっかたから大変やった、特にパソコンの専門用語やインターフェイスの規格には苦労した。 

今でこそ、USBとHDMIが有ったら殆どのことが出来るけど当時は、SCSI、RS232C、シリアルD-SUB、パラレルD-SUB、PS/2タイプ ミニDIN、アナログRGBミニD-SUB、等等、機器同士を繋ぐのは有線が当たり前やったし、Wifi自体が無かった。
繋ぐ機器によってポートが違った、おっさん、サッパリ分からんで、ちんぷんかんぷんやった。 

USBも一応付いてたけど、下記の注釈が書いてあった。
「USBコネクタについては、出荷開始時点('97年2月)では、対応周辺機器を提供しておりません。USBインタフェースは、将来出荷されるUSB対応周辺機器すべての動作を保証するものではありません」
何とも無責任な。 

しかし当時USBはどう言う利点があって、どう凄いのかは本や雑誌で特集してたんで読んだけど、ちんぷんかんぷんやった。 

買うたパソコンのスペックは、MMXテクノロジPentiumプロセッサ-166MHzでHDD 2.1GBにメモリー3.2MB。
取り敢えず、此の数字が大きい程高性能で、高価やと言うのは分かった。 

当然FDD(1.4MB)も付いてた、最近では高性能デジカメの写真1枚も入らん。
これで定価328,000円やから今思えば高額機器。 

当時は未だインターネットに日本語の情報が少なっかたから翻訳ソフトを買うて海外の情報も含めて調べてたなぁ。
でも、毎日会社から帰ってパソコンを触ったり、インターネット接続して色々見たり(現在ネットサーフィンと言うけど当時はその言葉も無かった気がする)、雑誌を読んだりが非常に楽しかった、今はそんなワクワク感が少なくなったと感じる。

そうした苦労をしたせいかどうかは分からんけど、会社のCADシステム立ち上げやサーバー導入(当時は未だ企業のシステムはUNIXが普通やった)の担当も任されて、会社の費用でセミナーや講習会に参加させてもらい、書籍も会社持ちで購入出来たから結果的に良かったとは思う。
しかし、おっさんの会社は当時流石にデータベースソフトを、インフォミクスやオラクル等を導入する資金力は無かった。
会社のUNIXはSUN OSやった。

次の話題、初めて買うたパソコンと一緒にデジカメも買うた、実は、自転車のツーリングクラブに入っててツーリング先で記念写真を撮る事になり、その時に参加されてた方がカシオのQV-10をお持ちになってて、デジタルカメラの存在すらを知らんかったおっさんには衝撃的で、その斬新さにたちまち欲しくなって、デジカメの為にパソコンを買うたみたいなもの。
理由は撮影写真の保管場所が必要やったから。
何とも馬鹿げた考えしとったな。 







その時のデジカメが、富士フィルムのクリップイットDS-20、35万画素で記録メディアはスマートメディアやった。
 
手軽に何枚も撮れる(現像が必要無いし直ぐに確認出来る)から色々撮影した。
流石に今、当時の写真見たら荒い画像で見られたもんじゃない。
その後色々なデジカメを買い替えた、以下おっさんのデジタルカメラ歴

1997:クリップイット. DS-20(35万画素)富士フィルム −上記







1999:Allegretto M4(214万画素)東芝 
200万画素が出始めて、エプソンのデジカメと散々迷って買った機種、後にエプソンにしとけば良かったと後悔した、理由はズームが付いてた事。







2001:パワーショットS30(310万画素)CANON
300万画素が出て直ぐに買い換えた機種、これは結構長く使用してたけど、雨の日に釣りに出掛けてザックの中に入れてたら濡れてしまい御臨終になられた。







2006:DMC-FS1 (600万画素)パナソニック
800万画素が主流で1000万画素が出た年にあえて型落ちの600万画素のこの機種を超格安で購入、600万画素あればそれなりに充分見れる写真やと判断。
今でも600万画素の写真を見てもサービスサイズなら充分やと思う。







2011:E-PL1s (1230万画素)オリンパス
購入経緯は下記に書いてる。







2015:IXY 130 (1600万画素)CANON
コンパクトさを求めて出張用に、これも型落ちで12,000円程度で購入。







2016:O-MD E-M10 (1605万画素)オリンパス
E-PL1s にヴューファインダーを付けて撮影し始めててファインダーの必要性を感じ出してたから、プリンターのインクを買いに行ったジョーシンでニューモデル発売に伴い型落ちした機種を衝動買い。






2020:O-MD E-M5 Mark III(2177万画素)オリンパス
コントラスト位相差+像面位相差が搭載され、旧E-M1 MarkIIとほぼ同性能になり、121点オールクロスセンサーも採用。
動体追従性が欲しかったから購入。

O-MD E-M5 Mark IIIが現在のカメラ、画素数だけを見ても凄い事になってる。

カメラにハマったのは2006年に買うたDMC-FS1 (600万画素)パナソニックで京都の葵祭を撮影しに行った時や、沿道で撮影してたら周りの女子が当時のデジタル一眼レフカメラでバシャっと撮影してるのを見て、凄いのを持ってるなぁと関心してた。 

帰って撮影した写真をパソコンに落とし込んで確認したら結構な確率で、ピンぼけやブレがある事、ネットで調べたら、当時のコンデジで動く被写体を撮影するのは苦手やと言う事実がわかった。 

当時のコンデジはピントを合わすスピードが遅く、ピントが合った箇所から既に被写体が動いてしまってるんでピントがボケる、これでは綺麗な写真が撮れる訳が無い。
ネットで色々調べたら当時ミラーレスが出始めてる時で、ボディーサイズも小さくておっさんのバッグにも入れやすいし、レンズも交換出来ると分かった。 

早速次の日の会社帰りに近くのコジマ電気でオリンパス E-PL1s (1230万画素)がモデルチェンジして旧モデルがかなり安くなってたので、早速店員さんを呼んで希望の色を確認してもらうと、当店に在庫は無いけど他店に在庫があるから後日になるとの事やった。 

直ぐに欲しかったから(おっさんの悪い癖)取り敢えずもう一度考える事にして帰宅後ネットで調べたらAmazonでコジマより安い金額で希望色を発見、配達も翌日になってる。
当時、未だおっさんは高額商品をネットショッピングした事が無かったんで、早速プライム会員になってポチった。
 
当然次の日に配達されて、ワクワクしながら開封した思い出が有る、取説を読みながらセッティングや撮影を夜遅く迄やってた。
此処からカメラにハマり始めて色々な被写体を求めて休みの日ごとに出掛ける事になった。

2021年6月20日日曜日

NASのバックアップ

無事買うたプレーヤーでNASのバックアップをすることにして、メディアの物色。 

ネットでそれぞれのメディアの耐用年数や価格等を調べまくった。 




ブルーレイディスクの25GBなら1GB当たりの単価は断然安い、今は大体6円程度、方やM-DISCは16〜19円や、どちらにしようか悩む。 

ちなみに、おっさんのNASの使用済み容量を確認したら、約285GBや、結構分散して焼かなあかん、25GBのメディアなら11枚必要や。 

M-DISC(50GB)やと5枚=4,000円程かかる。欲しいのは分散を考えて25GBやけど何故か25GBのM-DISCが手に入りにくい、その様な関係もあって心はブルーレイディスクに傾いてる。 

ブルーレイディスクならパナソニックが評判ええようや、トリプルタフコートで50年(あくまで業務用やけど)近い耐用年数をうたってる、民生用でも半分の25年は大丈夫やろうと思う。
  




結局はパナソニックのブルーレイディスクにした、安さと評判では、バーベイタムが断然やったけどタフコートに惹かれた。 

パナソニックとバーベイタムの同じ条件での1GB辺りの単価は、パナソニック4倍速が6.4円、バーベイタム6倍速が2.7円で全然違う。
50GBプレゼントを考慮しても5.6円で倍の値段やけど、耐久性に期待してパナソニックにした。 




今回は最安値のジョーシン、4倍速・25GB・10枚パック・50GB1枚付を2セット購入、これでポイント使うて3,195円(2021年6月16日注文)
6倍速が良かったけど、この50GBプラスが魅力で敢えて4倍速にした。
 
これで、25GB ×20+50GB ×2=600GBのバックアップが可能になった。 

25GBにこだわったんは、1つ52GBのフォルダーがあって50GB1枚では入らん、どうせ分割せなあかんから25GBにした。




DVD-RAMもWindows時代に買うて持ってたけど、知らんと読み込ませようとドライブに入れたら「対応してないメディア」と出て、慌ててネットで調べたらMacでは対応してないメディアと知った、さすがAppleや光メディアは考えて無い、全てクラウドやストリーミングで対応する考えやかららしい、この辺が一般企業に普及しにくいのもあるんやろうな。

BD-R XLの100GBは、有料ソフト(toast 19等の)を使わないと多分Macの標準では書き込み出来ないらしいから、今回は小分けにしてバックアップしようと考えた。 

おっさん、WindowsのPCを使用してた時には、DVDを焼いたりブルーレイに映像を焼いたり編集してたけど、ブラビアのAndroid TVを買うてからパソコンで映像を見たり焼いたりせん様になったし、ネットで映画を購入したりするからパソコンで映像を殆ど触らん様になった。
だから、toast の様な有料ソフトは今のところ必要性ない。

6月19日と20日の2日でNASのバックアップをDVD-RとBD-Rに無事済ませた。

2021年6月19日土曜日

ポータブルブルーレイドライブを買うた

Mac book Airを使い始めて2代目も含めて6年程になる。 

今迄、NASを導入して外付けHDDやDVD関係にバックアップを取る事が無くなって必要性を感じない様になってた。 

しかし、大規模断捨離を断行中で、ディスクトップパソコンを使わん様になって物置棚になってたパソコンディスクを解体、その引出しから昔のCDやDVDが結構出てきたけど、光メディアの対応年数を考えて今一度内容を確認してNASに引越ししとかなあかんと考えた。 

昨年、NASのバックアップを耐久性が高そうな、近年良く聞くM-DISCなる物かブルーレイディスクに入れようと考えて対応プレーヤーを物色してた。

しかし、プレーヤー自体は必要性を感じてた割に腰が重くて購入にまで至らんかった、そして6月、いざネットショップのお気に入りを確認したら最安値のアマゾンで在庫無しになってしまった(ブラックやけど)仕方がないので若干高いけど毎度のヨドバシでBUFFALO BRXL-PTV6U3-SVA [ポータブルブルーレイドライブ USB3.2]を購入。
ここでは、色が選べたからシルバーをチョイス、おっさんのMac book Airの色目にバッチリの筈。
 
6月12日の土曜日、乗り鉄トリップから帰宅したら自宅宅配BOXに到着してた。 






しかし、帰宅時間が21時30分で疲れてたんで開封だけして傷等が無いか確認、予想通り色目はバッチリやったので安心して就寝。 




次の日に動作確認の為、Macを立ち上げ、Ankerの7-in-1 USB Hubを繋ぎ、BDプレーヤーをHubのUSB-Aにセットして動作を確認、古いCD-Rをセットして読み込んでみる。
当たり前の様に読み込みが出来て先ずは一安心。 

これでNASにアクセスし、20枚程のCD-Rを片っ端にセットしてNASに登録していった。
1997年当時の写真データから始まって2005年までバックアップしてたデータを無事登録完了、当時はCD-Rが一般的やったんやなと思い返す、多分おっさんの記憶では1997年当時ではDVD-Rは出たてでドライブも含めて非常に高かったと思う、だからCD-Rで2005年迄バックアップしてたようや。








その後、買うた当時のZIPに至ってはメディアは未だ保有してるから、最近ドライブを引っ張り出してみて、メディアをスロットに入れて出そうとイジェクトボタンを押したらパキッと中に入ってしまった、焦って強制イジェクトホールがある事を忘れて捻ったりボディーを開こうとしたら、簡単にボディーがバキバキに破損してオシャカ! 

読み込み不可で御臨終や、やっぱり未だ読めるメディアは早目に救済しとかなあかん。