2021年3月27日、京阪電車のホームページで紹介されてる「鉄の道」を歩いてきた。
各箇所の詳しい説明は、京阪電車のホームページを参照した方がええ。
今回は上栄町駅から大谷駅までの道のり。
三井寺駅から乗って琵琶湖浜大津で京津線に乗り換える。
15分程の乗換時間で入線してきた太秦天神川行きに乗車して、今回のスタート地点である琵琶湖浜大津から一駅目の上栄町駅で降りる。
この駅は上り駅と下り駅が少し離れた場所にある一寸変わった駅、おそらく土地の確保が難しいからやと思う、京津線の線路際まで住宅があるからやろう。
屋根の無い箇所のホームは黄色い線の内側は一人立ったら黄色い線の外側を歩かな向こうに行かれへん、阪急中津駅並や、唯一違うとしたら、島型ホームでなく両側を特急列車が通過せーへん位。
途中、レトロな銭湯を発見、最近、銭湯がちょっとしたブームみたいやけど、銭湯も経営者の高齢化と利用者の減少でなくなっていく銭湯が多い、
おっさんが小学校に入学する迄は自宅に風呂が無かったんで、母親と銭湯に行ってた、たま〜に買ってもらえる瓶入りのコーヒー牛乳が嬉しかった。
最初は、歩く事10分程で到着する、JR東海道線との交わる箇所、蝉丸跨線橋。
丁度、225系がやって来たけど慌てたからヘッドが切れた。
フェンスで囲まれてるから隙間からの撮影、レンガ作りのJR東海道線を跨ぐ跨線橋。
次に訪れたんが、百人一首でおなじみの「関蝉丸神社下社」
この神社、京津線の踏切を渡ったら直ぐに鳥居がある。
せっかく来たから、電車が来た瞬間に合わせて写真を撮る為に時刻表を確認したら後10分やから、歩道で待つ。
踏切が鳴って京津線の列車がやって来る、タイミングを見計らって連写モードで撮影。
無事、上下線の列車を撮影出来たんで、次のポイントへ向かう。
「ねじりまんぽ」を見つけ、無事撮影、非常に見つけにくい。
関西の東海道本線界隈には「ねじりまんぽ」が多いらしい。
昔は官設鉄道の東海道線が通ってたけど、今は国道1号線が走ってる。
次に訪れたのが官設鉄道時代の橋台跡。
踏切を渡って撮影。
次は、「旧逢坂山隧道東口跡」日本人だけで手掘りで掘られた最初のトンネル。
生野銀山の作業員を連れてきて掘ったらしい、機械が無い時代は大変やったのは想像に難くない。
鉄道記念物に制定されて、近代化産業遺産にも制定。
道路を渡るけど、国道と県道の合流地点にしか横断歩道がないから押しボタンを押して信号が変わるまで待つけど長い信号や、ここで渡っとかないと歩道が片側にしかなくなる。
道路を渡って大谷駅まで歩いて行く。
途中、京津線の踏切が数カ所あるけど大半が線路向こうにある家の為だけの踏切、踏切を渡ってあるのは一軒の家や数軒の家だけや、中には遮断機も無い踏切も多い。
名神高速道路の高架がある地点で休憩を兼ねて京津線をやって来る列車を撮影。
京津線沿いには桜が多い、案外穴場的な場所。
それにしても国道1号線の交通量は凄い。
大谷駅迄数百メートルの所に、「関蝉丸神社上社」があるのでここも参拝する事に、押しボタン式横断歩道を渡る、この神社側にも歩道が無い。
大谷駅に着いて線路のレールを使用した、架線柱を撮影。
12時40分、大谷駅界隈に2軒ある飲食店で昼飯の予定やったけど、滅茶苦茶並んでるから入るのをやめる、並んでまで食べたいとは思わん。
又、いつでも来れる。
京都まで辛抱や。
「蝉丸神社」や「旧逢坂隧道西口」を見てたら時間的に昼飯が遅くなるし疲れたから次の楽しみに残しとく。
大谷駅で有名な傾斜ベンチを撮影。
この駅は、逢坂峠を京都方面から40‰を登ってきた途中にある駅で、ホームも列車の傾斜に合わせて傾斜してるから、ベンチもホームに合わせてしまうと座った時に滑ってしまいそうや、そやから水平にする為にベンチの脚を左右で変えてある。
実際、ホームに立って見たら三半規管が狂った感覚の駅。
入線してきた太秦天神川行きに乗って三条で降りて昼飯にする。
地上に出ると三条界隈は凄い人、こんなに出歩いたらおっさんも含めて中々コロナの感染者は(無責任やけど)当分減らんやろなと思う。
三条大橋渡って直ぐの「がんこ」で食べる事にする、いろんな意見もあるやろうけど、おっさんは好きやな、目の前で握ってくれるし、大きい店やからネタの回転も早いから安心して食べれるし、値段もそんなに高くない。
13時40分やけど結構な人や、満席に近い。
カウンター案内して頂き、寿司と天ぷらの定食を注文。
もちろん、瓶ビール。
追加で、蛍烏賊酢味噌と燗酒を楽しんで、店を出る。
帰りは、四条河原町迄寺町商店街を歩いて、阪急電車で帰ることに。
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